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Things you can live without knowing

どのように人は言葉を記憶するのか

先日、脳腫瘍の摘出手術前の人(以下Aさん)に話を聞く機会がありました。

(ちなみに現在はとても元気)

 

お話を伺ったとき、Aさんはその腫瘍によって脳の言語野が圧迫されていて、いくつかの言葉が思い出せなくなっていました。

例えば、牛の絵を見ても「牛」という言葉が出てきません。「たけのこ」や「ふすま」「鳥居」などでも同じ状態でした。

 

しかし、「牛」という言葉が存在すること自体は何となく分かるといいます。

同じように、「牛肉」「牛乳」などは分かるが、それらが「牛」からできるものだということがピンとこないそうです。

 

この話を聞いて、

人はある言葉を記憶するとき、その言葉に先行して記憶している別の言葉に関連付けて記憶している

ということを改めて実感しました。

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「牛」と検索すると「カウベル」もきちんと出てくるいらすと屋

つまり、Aさんは言葉と言葉を結ぶ糸が切れていた状態だったが、あくまで糸が切れていただけだったので、それらの言葉自体の存在は覚えていました。

言葉と言葉を結ぶ糸が切れてしまって、牛を中心とした知識のネットワークが崩れてしまっているイメージでしょうか。

 

実際、Aさんは「たけのこ」という概念がピンとこなくなっていたけど、「たけのこ」について色々調べていくうちに、少しずつ「たけのこ」が分かるようになっていったといいます。

そのように、「たけのこ」の「意味」「イメージ」「味」「関連する言葉」などの知識をもう一度手繰り寄せることで、切れた糸をもう一度つなぎなおすことができたのかもしれません。

そうすることで、もう一度「たけのこ」の知識のネットワークを再生できたんですね。

 

そういえば、高校までの歴史の勉強も「歴史の流れを意識しなさい」って言われた気がします。

個々の用語を単語帳的に覚えていくのではなく、各用語を関連付けながら流れるように覚えるほうが、脳の暗記の仕組みに合っているのかもしれません。

 

ただ、「覚えるために覚える」だけでは不十分かもしれませんね。

知識は、思い出して使うためにあるからです。

「記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。」(小林秀雄

思い出すための、使うための暗記をしようと反省したところで、この辺にしておきます。

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  • 作者:小林 秀雄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1961/05/17
  • メディア: 文庫